開いた花弁,その結末
過去から届く未来の時間にたゆたう服を、こうしてまた視ている、ということは去年のいまの、未来に生きている、ということで。
どんなに起き上がれなくても震えても泣いてもそれだけはきっと確かで。
あなたのいま、に、いるのはだれ?
何年も何度もどこでも読んでいる本があって、その本でなくても、わたしは読みかけの本に書きかけの葉書だったり観た映画の半券だったり行きそびれた舞台のチケットだったりあの人からの仕事のメモだったりを、はさんでしまうのだけれど、それはまた開くと思いだしたり思いだせなかったりするのだった、今夜は思いだせないタイプの過去のわたしの忘れもので、それは花弁だった
花弁、必ず春だということとそこにかけているおまじない−それは呪いでもあって、そもそもおまじない、というのは丁寧な呪いなのだから−
のことは憶えている、けれどこれがいつの、どこの、だれとの、花弁だったのかははっきりと言えないままの湯船、浸かりきったり、ざばん、と立ったりを繰り返しながら想っている
あなたとの思い出は、積めるものですか
わたしとのすべては、まあるいものですか
少女漫画に出てくる主人公の女の子には二人の運命のひと、が登場する
ひとりはずっと想い馳せていたあこがれの男の子だったりいつも彼女を守り愛してくれる男の子だったりする
もうひとりは犬猿の仲だったりいじわるだったりヤンキーだったりする男の子
前者ほうに心揺れて一度はそちらへ向かうものの、物語のハッピーエンド、彼女のとなりにいるのは後者の男の子で結論、結末、そうなるのだった
少女漫画みたいな現実なんてないのだとして、そしたら、みんな前者を選ぶのだろうかどっちが正しいなんてないのだろうけれど、ほんとうの運命なんて忘れてしまった本のページ、あなたは、忘れない?
好きになったのは、結婚したのは、「近くにいたから」と娘に言ったある美術家の言葉を本で読んでから納得してしまった、そうなのだ、わたしが好きになるひとはうんと遠いひとではなくって、近くにいるひとだった。そう信じてきたけれど、信じていたものが、たった一言で、ぐらりと揺らぐ瞬間が訪れる東京、夜の、焼肉屋にて。距離でも言葉でも絵でもない何かって、とおもいながら、一面みどりの、花弁にくるまれて、また朝の、動けなさを。
「なんでもわかるよ君のことなんて」
と言いながら、動けない身の上にどさっとまるっと乗りやがって、っておもうけれど今朝の最大のやさしさを積まれたのでした、行けなくてもいい、無理しなくていい、起きれたらモーニング食べに行こう、って一緒に朝ごはん食べられるのってなんて幸せなんだろうね君と僕の朝をくっつけてしまう、雑誌が入れ替わる間もなかった、すべてを背負ってほしいなんておもってないしおもわれてないんだしそう言ったことなんて言ってないよと言われるのだろうがあの重みを震える手で抱きしめて憶えている。夜中こわい夢をみたとおもって何度も声をかけて離さないでいてくれて憶えている。
日々の全部をページに閉まって、開いたままの、憶えているままの、書き途中でいれたならば−
明日、あたらしい花弁を買いにいこう、サイズ測っといて、え、シングルなんでしょこれ、測んなくても、ああ、シングルだわそっか、花弁じゃなくてもいい、くるんでくれるのは、他にもまだ、のこってる